2023年08月号 第99話 院内新聞
私のクリニックでは、開院当初から隔月で『おうみクリニック通信』という名前の院内新聞を発行しており、来院された患者さんにお渡ししています。日々の出来事や時事問題などを取り上げ、長編のシリーズ読み物として掲載していることもありますが、院長がどんな人間なのか少しでも分かって頂ければ、患者さんとの垣根を少しでも低くできて病気のことが話しやすくなるのでは、と考えて始めたことです。批判を承知でかなり踏み込んだ内容を書くこともあり、賛否両論あるのでしょうが今ではお蔭さまで多くの方々が楽しみにして頂いているようです。
今月のエッセー『侃々諤々』は、毎月、医師会所属の先生方に原稿を依頼しているのですが、8月の担当者が居られなかったため、急遽、私が担当させて頂くことになりました。つきましては、来月9月号(Vol.119)の『おうみクリニック通信』の内容を少しアレンジして以下に掲載させて頂くことにしました。当院に来院された際には、これまでのバックナンバー全てがファイルしてありますのでお読み頂ければ幸いです。
草津栗東医師会 理事 坂井伸好(おうみクリニック)
「夏の想い出」
イヤー、暑くなりましたね!梅雨が明けて以降、猛暑が連日続いており、スイカの美味しい季節になりました。また、スポーツをしたあとのビールも格別ですね。私は、例年この季節になると、蚊取り線香が恋しくなります。夏の風物詩ですよね。除虫菊ですか、その香りが大好きなんです。私は、この香りを嗅ぐと、子供の頃の夏の想い出が鮮烈に甦ってきます。蚊帳(かや)って、今時の若い人達、知ってるかな?家族みんなが、蚊を防ぐためのネットを張った同じ部屋に集まって、一緒に寝ていました。蚊帳の中に入るのは、独特の操作をして入るんですよね。ちなみに、「蚊帳の外」というのは、一緒に中に入れない仲間はずれのことです。
夏休みになると、毎年のように母方の祖母の居る山奥の田舎へ長期間遊びに行きました。いつもは母に連れられてでしたが、まだ小学校低学年の頃、単線の鉄道と長距離バスを乗り継いで一人で遠い田舎へ行ったことがあります。子供の一人旅って、なんだか冒険のようでドキドキ、ワクワクでした。今では物騒なので、一人で子供を旅に出すなんて滅相も無いですね。因果な世の中になりました…。田舎では玄関に鍵なんかつけてなかったんですよ。信じられますか?夏休みには『ラジオ体操』が始まります。そこで一年ぶりに会う田舎の友達たちは、もう真っ黒に日焼けしていました。ラジオ体操に出ると、はがき大のカードにスタンプが詰まっていくのが楽しみで、確か皆勤賞だとノートか鉛筆をもらえたように記憶しています。「普段から毎日やればいいのになぁ」なんて思っていました。当時の田舎の子供たちは、平素は早起きが苦手でも、夏休みになると何故か早く起きられるんですよ。早起きして窓を開けると深い森林から清々しい風が流れ入ってきて、大きく息を吸い込むと何とも言えない幸せな気持ちになりました。あれが「森林浴」ってヤツだったんでしょうね。うちの田舎はかなり高地に位置していたため朝晩は相当冷え込むので、真夏だというのにお婆ちゃんは石油ストーブをつけていた記憶があります。まだ薄暗い早朝から昆虫採集をしていました。いとこ達と山に入って、大きいお兄さんが目ぼしい木を足で力強く蹴ると、頭上からカブトムシやゲンジ(クワガタムシのこと)がいっぱいバサバサと落ちてきました。小さい頃の私が、同じように木を蹴ってもビクともしませんでしたから、「早く大きくなりたいなぁー」と思ったものです。長い虫取り網でセミ取りもしました。経験ある方も居られるでしょうが、木にとまっているセミを取るのに失敗すると、逃げられる際におしっこをかけられましたよねぇ。当時は非常に身軽で木登りも得意だったので、高くまで登って遠景を楽しんでいましたが、あることから「超」高所恐怖症になってしまい、今では脚立に登るのも冷や汗ものですが…。地蔵盆では、浴衣を着て線香花火をしたり、金魚すくいやヨーヨー釣りなんかも定番でした。綿菓子なんか自分たちで丸めて作りましたよね。「イカの姿焼き」や「焼きトウモロコシ」の醤油の焦げた匂いが、やたらと食欲をそそりましたっけ。
当時、「カッパ」と呼ばれるほど泳ぎが達者だったので川遊びも十八番でした。高台に有る家から10分ほど坂を下っていくのですが、途中、田んぼや畑のあぜ道を歩き、身の丈よりも高い雑草の茂みを通り抜けると、白い水しぶきの舞う渓流が見えてきます。手足をつけると切れるような冷たい水。大人たちはビールやスイカを冷やしていましたからかなりの冷たさだったのでしょう。狭い川沿いを下流に向かって少し歩いていくと、比較的広い場所に出ますが、そこが私たちの遊び場でした。川幅も少し広くなり、水深も2~3メールの場所がある箇所があり、大きな岩の上から飛び込むのが肝試しのようでした。相当流れが速いですから、クロールや平泳ぎで上流に向かって泳ぎ始めると、それこそ何時間でも同じ場所で泳ぐことが出来たのです。また、水中でも良く見える白い石を川底に交代で隠して見付けっこしたり、ジュースの空き缶を岩の上に立て、川の対岸から石を投げて当てて落とすような遊びをしたり、泳ぐことに疲れると魚釣りをしていました。晩御飯を済ませてからは、読書をしたり夏休みの宿題をやりました。トイレに行きたくなると、母屋から少し離れた厠(かわや)に行くのですが、皆が寝静まった夜半にトイレに行くのは凄く怖かったですね。新月の日には自分の手が見えなくなるほど真っ暗になりますが、上空にかざすと満天に拡がった星々の明るさで手のシルエットが浮かび上がりました。途中、電球の傘には大きな蛾がとまっており、天井には掌ほどの蜘蛛が巣を作っていました。
ひと夏を遊び疲れて帰途に着くとき、叔母が遠い遠い最寄りの駅までの長い山道をいつも車で送ってくれました。外に見送りに出てくれた祖母は、手を振る私が小さく見えなくなるまで、泣きながらずっと高台から手を振ってくれていたのが車の窓から見えていました。全てが懐かしい想い出です。
今年は祇園祭りが盛大に行われました。琵琶湖の花火大会や全国各地の花火大会も通常通り開催されるでしょう。大きな野外コンサートやイベントもどんどん開催されており、経済活動が正常化しつつあります。海外旅行に出かける人も増え、海外からの入国者も激増しています。3年以上にわたって我慢し続けてきた人々は、堰を切ったように開放的になっています。子供たちも長い夏休みのため、大手を振って遊びたいのは山々でしょうが、新型コロナが激増していてどうやら第9波を迎えたようで、少し水を差された格好です。新型コロナが第5類になったことと、滅茶苦茶暑いこともあってマスクをしていない人が大多数となり、コロナのみならず、インフルエンザ、RSウイルス感染症、ヘルパンギーナ、といったウイルス感染症が急増しています。しかし、激しく咳き込んでいる大人や、コンコンと咳をし続けている子供にマスクをさせずに観光や買い物に連れて出ている若い親御さんを見るにつけ、「勘弁して欲しいなぁ…」と感じているのは私だけではないはずです。「もうコロナはタダの風邪じゃん!」と思っている方が居られたら考え方を改めて頂きたいと思います。確かにオミクロン株になってから死亡率は極端に減少しており、重症化する人も減りましたが、一方で高齢者や病気などのハイリスクの方々が重症化する確率は、多少は減ったものの依然として高いままで、新型コロナの治療薬はあるとはいえ「特効薬」というほどの治療効果は見られないそうなので、感染しないよう気を付けながらまだまだ注意深く暮らしているのが現状です。また、若い人の中にも味覚や嗅覚の障害が残ったままで中々治らないでいたり、「ブレインフォグ」と呼ばれていますが、考えがまとまらない、気分がすぐれない、思い出せない、といった後遺症で困っている方も大勢居られます。絶対に自分がウイルスを吐き出していないと断言できない以上、公共の施設や乗り物に乗る時、狭い所に大勢人が集まる場合などで声を出すような場合には、まだマスクをすることを心掛けるのが周囲に対するマナーではないでしょうか。
これから寝苦しい夜が続きます。体調管理には特に気を使うシーズンです。くれぐれも睡眠不足にならないよう心掛けて下さい。