2023年03月号 第94話 ライフレビュー
はじめまして。2022年6月から在宅医療、訪問診療を中心に行う診療所を開院しました後藤裕文と申します。これまでは泌尿器科が専門で、直近の勤務歴でいえば2013年から2020年まで県立総合病院で泌尿器がん(膀胱癌、前立腺癌、腎癌)、排尿障害、尿路結石などの診療にあたっていました。
総合病院で勤務する中で、がんの終末期や、認知症の高齢者、介護が必要な方、家族関係など社会的な問題を抱えた方など、様々な背景をお持ちの方がたくさん目の当たりにして、病院の中だけで治療することに限界を感じていました。そんな折に、東日本大震災のあとの在宅医療についてマスメディアが取り上げられることが多くなり、病院とは異なるご自宅に伺って診療を行うという、多様な価値観の中で仕事をしていくことに興味を抱くようになりました。
また、自身の実家がお寺で、いつかは継承をしなければならないという事情もあり、勤務医を継続することは難しいだろうということは感じていました。
いつかは在宅をやろう、開業しようと思いながら数年が経ち、2018年の夏に名古屋の知り合い(同じ宗派の僧侶かつ医師)に相談したところ、いきなりシフトチェンジするのではなく、いままでの泌尿器科にも軸足を置きながら、緩和ケア、在宅医療、お寺を掛け持ちしながら、修練を重ねていく「ポートフォリオワーカー」という生き方を提案されました。その中でも、とくに緩和ケアを勉強したほうがよいと勧められ、あそかビハーラ病院(浄土真宗西本願寺を母体とし、日本では数少ない独立型緩和ケア病棟を有する)に2019年5月から勤務を開始することとなりました。
その中で、緩和ケアの基本的なマインド、スキルを習得し、がんの疼痛コントロールやせん妄治療について、ある程度自信が持てるようになったというのは大きいことでしたが、それ以上の多くの学びを得ることになりました。
それまでは、手術、外来、処置に明け暮れ、病棟にいる時間も少なく、看護師がどのように病棟業務をしているのか、どのようなケアを行っているのか、そばで見てはいても十分にはその意味を理解していなかったと気づきました。また、以前の自分はどちらかというとよそよそしく、一歩引いたところの立ち位置にいて、やや他人行儀のようなところもあり、正直なところ人の話を聞くことに苦痛を感じることもありましたが、先輩医師のとことん目線をあわせにいく姿勢やユーモアの交え方を学び、見よう見まねで実践するようになり、患者との接し方、話し方や、場の空気のチューニングの仕方など、自分自身のコミュニケーションの質が劇的に変化したことを体験しました。目の前の人に注意をはらう、関心をむける、一歩踏み込んでみるとコミュニケーションがどんどんスムーズになり、世界が変わるということを強く実感しました。
また、あるときは子供と行ったアンパンマンの着ぐるみショーを注意深く観察して、表情を一切変えられない状況で身振り手振りだけで、どのようにして子どもたちと非言語コミュニケーション、ラポール形成を行っているのかを考察したこともありました。
その後、仁生会甲南病院でもご縁をいただき、2019年8月から念願の訪問診療に従事することとなりました。認知症、心不全、腎不全、呼吸不全、神経難病、排尿管理、排便管理、褥瘡管理、がん疼痛管理、あるいは終末期の在宅での看取りなどあらゆることを診させていただきました。在宅医療の現場でも、緩和ケアで学んだマインドやスキルは大いに役立ちました。
やはり感じたのは、病院の外来診察室でパソコン画面と向き合い診察するのとは違い、在宅医療の現場では患者さんと非常に距離が近いということでした。お顔をみて、手で触れ、語りかけ、相手もにこっと微笑み返す、あるいは家の空気、生活感を感じ取りながらその人の価値観や物語に触れる、そういったやり取りを大切にしながら診療を行ってきました。
3年間、ポートフォリオワーカーとして泌尿器科医、緩和ケア医、在宅医、僧侶、それぞれのバランスを取りながら、自分自身と向き合いながら、人生の棚卸しをする時間が持てたことは自分にとって大きな意味を持つものでした。
自身のメンタリティに関していえば、自分の肩書、金銭的収入に対するこだわりなど、どうでもよいことだと思えるようになりました。医師であること、あるいは僧侶であること、という肩書が大事なのではなく、自分が目の前にいる人にどうか関わるのか、どのようにして自分の属するコミュニティを活性化することが、自分にとって最も重要なことなのだと気づきました。
2022年6月に開院しましたが、気を張ってばかりで、周りを振り返る余裕もなく、突っ走っているような感覚です。最終的な目標、テーマとしては、在宅看取りの文化をどう普及させていくか、どのように地域に根付かせていくかというところですが、当面は目の前の患者さんひとりひとりに向き合いながら、日々の診療を充実させることに集中していきます。
まだまだ若輩者ではございますが、今後ともご指導のほどよろしくお願いします。
後藤 裕文(あおあお在宅クリニック)