2023年01月号 第92話 元気をもらう

淡海医療センター(旧草津総合病院)の消化器外科は、通常の外科手術に加えて腹膜播種疾患や肥満症に対する手術を行っており、全国から患者様を受け入れています。わたしは腹膜播種の治療を担当しており、今回の話は忘れがたい患者さんの件です。

その患者さんは、30代の女性で腹膜偽粘液腫という100万人に1~2人という稀な疾患に罹患し、確定診断がついた後に体外受精での妊娠を選択されたかたです。腹膜偽粘液腫という疾患は、虫垂の粘液性腫瘍の破綻により腹腔内に粘液や粘液性腫瘍が貯留する病気で、あの名作「ローマの休日」のオードリー・ヘップバーンがこの病気で亡くなったことが有名です。この病気は診断が困難で、見つかった際にはすでにステージ4の腹膜播種で抗がん剤治療しかないと判断される医師も多数おられ、5年生存率は20‐50%と報告されています。現在は、当院を含む一部の施設で腹膜切除術という特殊な手技による外科的切除がおこなわれており、完全切除ができた場合の5年生存率は80%以上となっています。

この患者さん、原因不明の腹水貯留に対しての腹腔鏡検査で虫垂原発の腹膜偽粘液腫と診断されました。通常なら根治手術が必要なのですが、本人の挙児希望が強く、診断の翌年に顕微授精により妊娠されました。根治手術は卵巣と子宮を摘出する必要があるので、子供を持つことは不可能となります。

妊娠10週で当院に紹介、そのまま妊娠を継続することとしました。妊娠30週で切迫早産にて当院産科に入院。このMRI像は妊娠31週のもので、子宮の周りを含む腹腔内全域に大量の腫瘍が存在しています。

MRI像

入院のまま、胎児と母体の状態を注意深く観察、胎児の発育が十分となった妊娠37週に帝王切開にて無事に女児が誕生しました。

お母さんとなった患者さんは、体力が十分に回復するまで待ち、出産3か月後に根治手術として子宮両側付属器切除を含む腹膜切除術による腹腔内腫瘍の完全切除術を行いました。
それから10年がたった2019年9月、小中学生が外科手術を体験する催し、ブラックジャックセミナーが当院でありました。そこに、お母さんに付き添われて、小学生となったその女の子が参加していました。

ブラックジャックセミナー

わたくし、このことを全く知らず、あとで京都新聞のコピーをもらいました。以下は原文の一部を抜粋したものです。

“母親が、限られた病院でしか対応できなかったという・・・さん(10)は、診療が可能であった同院で生まれた。「医師になりたい人はいますか?」との質問に、控えめだがしっかりと手を挙げた。「今日の体験で、目指す気持ちは強くなった。皆が喜んでくれるお医者さんになりたい」とはにかんだ。”

医局の自分の机に飾っています。疲れた時に、元気をもらっています。

ブラックジャックセミナー

水本 明良(淡海医療センター)