2022年08月号 第87話 私にとっての食わず嫌い

最近、父が電気自動車を買いました。テスラのModel3。電気自動車としてはベーシックなモデルです。いたく気に入っている様子で、フィルムを貼ったり小物入れをつけたり、YouTubeをみながら楽しそうに色々といじっているのですが、それを借りて往復200Kmほどドライブする機会があったので、その時の話を少々させて頂きます。(以下、かなりマニアックで、なんの為にもならない内容で申し訳ございません)

そもそも私はかなりのクルマ好きでして、走るのも集めるのも眺めるのも大好きなのですが、特に内燃機関にこだわりがあり、エンジンの「振動」や「音」を心地良いと感じてしまう、時代に逆行した趣味を持つ変わり者です。なかでも、アクセルを踏めば踏むほど澄んだ音とともにどこまでも回転が上がっていくような感覚が大好物で、最近は自然吸気の高回転型エンジンを積んだ車を乗り継いできました。そんなものだから排気音が低くなりがちなターボ車はあまり好きでなく、そもそも「静かさ」をウリにすることが多いハイブリッド車は嫌いで、エンジン音がしない電気自動車なんて大嫌い!(乗ったこともないのに)と考えていました。

そんな私のところにやって来た電気自動車テスラ君。「電気自動車は加速が鋭いよ」という噂は耳にしていましたが、ヤツの実力は想像の遥か上だったのです。

自宅を出発し、市街地は当然安全運転で、いよいよ高速道路の料金所。前に全く車がいない。後ろにパトカーもいない。「これはチャンス!」とばかりに、一気にアクセルを床までドン!としたのが間違いでした。その瞬間、後頭部をヘッドレストに強打し、ドリンクホルダーからペットボトルが後方に吹っ飛び、ハンドルから手が取られそうな、とんでもない加速Gに襲われて、ものの数秒で制限速度に。そんな大げさな、と思われるかもしれませんが、普段、古いながらも500馬力オーバーのクルマに乗っていて、強い加速には慣れっこのはずなのですが、それでも味わったことのない強い加速感でした。しかもこの間もずっと無音。正直不気味な感覚です。その後もしばらく走っていると、加減速がとにかく楽で、追い越しも巡行も自由自在。重いバッテリーが床に敷き詰められている都合上重心が低いため、車線変更も横風も不安感ゼロ。200kmの距離なんかあっという間で、いつの間にかテスラ君の運転を楽しんでいる自分がいることに気づいてしまいました。内燃機関至上主義の自分が電気自動車に乗っていて「楽しい」などと感じてしまったことに、大変複雑な感情を抱きつつ、運転を終了しました。

こんな印象を受けたことにはちゃんと理由があり、それはモーターとエンジンの出力特性の違いが原因です。エンジンには最大のパワー(トルク)を発揮できるエンジン回転数が決まっており(たいてい常用よりはずっと高回転域)、その回転域に達するまではもっさりとした加速しかできません(ギヤチェンジの概念は割愛)。一方モーターは低回転域から最大トルクを発生するため、アクセルを踏んだ瞬間から最大加速ができてしまう。つまりアクセルに対するレスポンスが全然違うんですね。もちろん絶対的な出力は500馬力もないので、最終的に息の長い加速を楽しめるのはエンジン車の方ですが、それを楽しんでる間にあっという間に制限速度に達しますから、決められた速度内で運転する限り、ずっとレスポンスよく反応してくれる電気自動車を楽しいと感じてしまうのは、無理のないことなのかもしれません。

電気自動車は、私にとっての食わず嫌いでした。近い将来、電気自動車ばかりになってもクルマ好きでいられるかな?と抱いていた不安が消えるほどのインパクトのある経験でした。

入川直矢(いりかわ耳鼻咽喉科)