2022年07月号 第86話 地域包括ケア病棟ってご存知ですか?

私事ですが、26年余り淡海医療センター(旧草津総合病院)の脳神経外科医として、主に脳神経系疾患の診断や手術などに携わってきましたが、この4月から隣接する淡海ふれあい病院の地域包括ケア病棟に移りました。草津総合病院、淡海医療センター在職中に何かとお世話になりました草津栗東医師会の諸先生方や関連施設、医療機関の皆様、こんな私でも文句も言わずに診療を受けて頂きました地元住民の皆様に、改めて御礼申し上げます。

ところで、皆さんは地域包括ケア病棟って何をしているのかご存知ですか?病院と言えば、高度な医療機器で難しい病気を診断し、手術などで病気を治してくれる所と思いますよね。しかし、地域包括ケア病棟では、それとは異なる目的で診療にあたっています。以下にその主な4つの役割をお示しします。

其の一:急性期診療が終わった後の病状の安定化、今後の生活体系の整備と選択

脳卒中や骨折、癌などの病気は、ひとまずは悪いところを治すことができても、すぐに家に帰ることが出来る訳ではありません。特に、お年寄りは家に帰るまでの体力が回復するのに時間がかかりますし、後遺症が残るようなものなら、自宅での生活の準備も必要です。地域包括ケア病棟では、急性期病院の診療で一旦は落ち着いた病状を把握した上で、まずは自宅での生活ができるような状態まで回復させます。リハビリテーションで筋力、体力を向上させ、食事が満足に摂れなければ、点滴しながら体調を整え、嚥下訓練や食形態の工夫で栄養状態の改善に努めます。
また、ご高齢の多くの方が複数の疾病を抱えています。高血圧、糖尿病、認知症など合併する様々な病気が、日常生活に支障をもたらしていることは稀ではありません。骨折やがんは治して貰ったけど、他の病気がどうなっているのか、今は問題ないのか、なかなか細かなことまで全てを急性期病院では診てくれませんし、説明がないこともあります。急性期病院では、多くの急病や難病の方の診療にあたりますし、全てを一度に精査、治療まですることに限界があるのです。地域包括ケア病棟では、それを補う意味でも、問題となる合併疾患についても検査や治療にあたります。無論、問題となる重大疾病が判明すれば、検査や治療のために急性期病院にお返しすることもあります。

また、病状によっては、どう見ても早期に自宅に帰ることは無理で、どこかの施設にお願いしなければなりません。しかし、突然の病気やケガを経験した患者ご本人やご家族にとって、どう対処したら良いのか分からないのも当然です。地域包括ケア病棟では、医師、看護師だけでなく、リハビリテーションスタッフ、薬剤師、医療相談員など多くのスタッフと一人の患者さんの今後の方向性を検討し、ご家族との面談も繰り返して、当面の生活体系についての方針を決めています。

其の二:在宅療養中の患者さんの病状がにわかに悪化した時の診療

病院に入院して病気やケガを治して貰い、一旦は自宅に帰ることができたものの、段々食事が摂れなくなって弱ってきた、にわかに発熱して辛そう、以前からの喘息発作が出た、など色々な症状が出て不安になることが多々あると思います。その様な“いつもとはちょっと違う状態”で早めに診て欲しい場合などに、いつでも診察し、必要であれば入院して診療にあたることができるのも、地域包括ケア病棟の特徴です。

対象は、ご自宅で生活している方だけではありません。介護老人保健施設、特別養護老人ホームその他の介護施設に入所している方も含まれます。施設のスタッフとも連携して、状態の変化があれば即座に対応することにしています。但し、急に意識や反応が悪くなった、呼吸状態が悪い、転倒や転落で明らかな骨折がありそう、手足の麻痺や言語障害などの脳卒中が疑われる時などの重篤な事態では、早期に高度医療が必要になりますので、救急車を呼んで急性期病院に搬送して貰ってください。

其の三:自宅での介護に疲れて、ほっと一息つきたい時の社会的入院

自宅で介護されている方のご家族は、自分の生活もある中で大変な毎日をお過ごしのことと存じます。毎日介護に関わっていると、たまにはほっと一息ついて旅行にも行きたくなるものです。あるいは、自宅でのんびりとしたひと時を取り戻したいでしょう。以前なら、介護疲れの解消のために病院に入院することは、医療が関わるべき問題ではなく、ご本人やご家族の皆様が我慢していたものです。また、仮に引き受けてくれる医療機関があっても、どこか後ろめたい気持ちにもなったでしょう。

地域包括ケア病棟では、その様な介護に疲れたご家族の救済の意味も含めて、一時的に患者さんをお預かりする業務にも携わっています。その際に、普段から気になっていた病気のこと、体調不良の原因についても、血液検査やC Tなどの画像検査で調べることができます。これからの世の中、自宅で頑張るだけの介護は必要ありません。患者さんはもとより、家族の健康管理を含めた“時々入院、なるべく在宅”の考えで気楽な療養生活を楽しんで頂けたらと思います。

其の四:とにかく在宅療養に繋げること

そして、最後に最も重要で力を入れている仕事が、患者さんの病状を安定させ、ご家族の受け入れ体制も整備して、とにかく一旦はご自宅に帰って頂けるようにすることです。先程述べた様に、病状によっては、どうみても自宅で生活することが困難なことがあるのは事実ですが、最初から無理と決めつけなくても、医師や看護師以外の多職種から成るスタッフの力を導入して、受け入れ体制を整備さえすれば、それなりに自宅での生活が可能になるケースが多々見られます。医師や看護師、薬剤師、リハビリテーション、栄養科スタッフなどが病状や日常生活の適応力を詳細に分析し、それに基づいて医療相談員や継続看護担当者が然るべき自宅での生活の準備を整えてくれます。そして、地域包括ケア病棟スタッフとご本人、ご家族で何度も相談して、有効で無理のない在宅療養へと導いていきます。

在宅療養は、何も自宅だけではありません。特別養護老人ホーム、サービス付高齢者住宅、グループホームなどの居住系介護施設に入所することでも良いのです。そもそも、地域包括ケア病棟が医療制度に導入された背景には、押し寄せる急速な高齢化社会で身体のどこかに異常を持つお年寄りが急増したこと、そしてそれを全て医療保険で賄ってきた従来の対応における財政的限界がありました。従って、医療が介入しない場所、すなわちできれば自宅、それが無理でもせめて介護施設での生活を推進する必要があったのです。“具合が悪いから、自宅で受け入れる体制がないから、何はともあれ医療資源の整った病院で……” と言う考えから、まずは自宅や介護施設での安定した生活を目指す方向に転換しなければいけないのです。

どうでしょうか?少しは、地域包括ケア病棟の役割や診療体制をご理解頂けましたでしょうか?
Aging in Placeという言葉があります。意訳すると“住み慣れた地域で老いる”ということになるでしょうか?これからの高齢化社会、病院や施設に入居、入院して老後の大部分を過ごすのではなく、住み慣れた地域で老いていくのが一番の幸せなのです。草津栗東にお住まいの皆様が、長年暮らしてきた馴染みの地域で、みんなで支え合って、少しでも有意義な生活ができるように、我々地域包括ケア病棟のスタッフが少しでもお力添え出来ればと思います。

松村 憲一(社会医療法人誠光会 淡海ふれあい病院)