2024年11月号 第114話 ミョウガの種子

今年9月、草津市にクリニックを開院いたしました。京都から通勤する日々ですが、琵琶湖を見るたびごとに、ある植物のことが思い出されます。

皆様は、ミョウガの種子を見たことがありますか?私たちが普段食べているのは、つぼみの部分ですが、実はミョウガは花を咲かせ、種を作ります。しかし、その種を見る機会はほとんどないのではないでしょうか。実は私、医師になる前は、大学で園芸学の研究・教育に携わっていました。学生時代は花の研究をしたくて、ある研究室に入ったのですが、研究テーマとして与えられたのは「ミョウガの種子」でした。ミョウガは5倍体であり、一般的な生物学の知見からすると、種子形成は困難と考えられていました。これは、人工的に作られた3倍体のスイカが種なしとなるのと同じ原理に基づきます。しかし、ミョウガはある条件下では種を作ることがあり、そのメカニズムを解明することが、私の研究の目的でした。

日本にはミョウガが多く種子をつける集落や自生地があることがわかっています。滋賀県湖北は、ミョウガの種子が多く見つかる地域の一つであり、研究室の仲間と共に何度も調査に訪れました。草むらの中を探索し、ミョウガの種子を探し求めた経験は、私にとって貴重な思い出です。地元の方々から様々なお話を伺うことができ、ミョウガに対する理解を深めることができました。

ミョウガのように、5倍体でありながら種子をつける身近な植物は、私の知る限りでは他に例がありません。さらにミョウガには、多くの謎が残されています。例えば、全国各地に自生しているミョウガは、ほとんど同じ姿、形で、ほかの園芸植物のようなバリエーションはほぼ見られません。なぜ、種ができるのなら、様々な品種に分かれていないのでしょうか。また、ミョウガは、京都の阿須々岐神社など、神事にも使われています。一体、どのようにして人々の生活の中に深く根付いていったのでしょうか。平家の落人とともに全国に広がっていったとの説もあります。

結局私の研究生活の中で、ミョウガの謎を全て解き明かすことはできませんでした。私のあとにその研究を引き継いだ学生もいないようです。ただ、ミョウガの研究を通して、一つの生物学的な現象だけに注目するのではなく、その植物のもつ背景、歴史、文化などに広く興味をもつという姿勢を確実に学べたと思っております。それは、いま医師として患者さんと接するときにも、疾患だけに注目せず、患者様全体や背景を大事にするという点で役に立っているのかもしれません。ちなみに、ミョウガの種子をまくと、多種多様な個性を持ったいろいろなミョウガの子供が誕生します。それが面白くて、今も旅行に行った際に果物の種を持ち帰って播くのが習慣になっています。自宅はいろいろな果物の苗であふれており、家族にあきれられています。

永野明範(まごころファミリークリニック)