2025年08号 第122話 私の好きな言の葉
私も昨年後期高齢者となり、1975年に医師になって今年で50年となりました。“人間50年下下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり”、信長公記によれば織田信長が桶狭間の合戦に臨む前に、一差し舞ったとされる幸若舞 敦盛 の一節はあまりにも有名です。昔はこの意味がよくわからなかったのですが、この一節も心にしみる齢となりました。
50年前の6月に医師免許をもらった時は驚きました。医籍登録番号が226666のぞろ目だったからです。私の誕生日が6月2日だったので、たまたまとはいえ不思議な気持ちがしました。ぞろ目でめちゃ覚えやすいので、いつでも言えます。自分の医籍登録番号すぐ言える人はなかなかいないと思います。
さて私は済生会滋賀県病院に赴任して10年になりました。さてこの十年は病院長ということで、済生会病院の経営に専念してきました。病院は公定価格の診療報酬にのっとった医療サービスという商品を、患者さんというカスタマーに提供するサービス業です。一般のサービス業との大きな相違点は、カスタマーが病気になって非常に精神的に不安定な状態になっておられる患者さんであるということです。病は気からと申しますが、反対に病から気もあり、普通の精神状態でなくなることがままあります。気は病からとも言えます。その気を病んでいるカスタマーに接する職員の心構えとして“恕”という言葉を職員に伝えています。
“恕”は論語の一節です。
子貢問ひて曰はく、
「有一言而可以終身行之者乎。」
「一言にして、以つて終身之を行ふべき者有りや。」と。
子曰、
子曰はく、
「其恕乎。己所不欲、勿施於人。」
「其れ恕か。己の欲せざる所、人に施すこと勿かれ。」と。
病院内では、心を尽くして口、すなわち“言の葉”で、患者さんに寄り添った、心のこもった心遣いで優しさをもって接遇する重要性を示すいい“言の葉”だと思っています。これによって、患者さんのCS(Customer Satisfaction)を向上させ、済生会はいい病院だと言っていただける病院のブランディング化につながればと思っています。
病院経営の観点から“天地人”という“言の葉”が好きです。孟子の「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」に由来していると云われています。 戦に勝つには、天の時、地の利、人の和が揃う必要があり、とりわけ人の和が重要であることから、一般に事が成就するのに必要な条件と云われています。この言葉は「三才」と呼ばれ、戦に勝つことや物事を成功させるにはこの3つの条件が必要だと言われていますが病院経営にも通づるものと思います。日々の経営や新たな事業に取り組む時は、それが全体の情勢からみて妥当か、病院の置かれた地理的状況からも適当か、適正な人員の確保、チームワーク(チーム医療)はできているかを総合的に判断し、無理をせず時機を見て行うべきということで、常にこの“言の葉”を胸に刻んでいます。
ということで病院経営で“私の好きな言の葉”
以恕行和(いじょこうわ):恕をもって和を行う
“恕と人の和”、いかがでしょうか。“恕と和、または人和”この二つの“言の葉”をいつも心がけたいと思っています。
“置かれた場所で咲きなさい”という“言の葉”も時々使っています。
「置かれた場所で咲きなさい』という、ノートルダム清心学園元理事長、名誉学長であったシスター渡辺和子さんの著書名です。修道女でもある故・渡辺和子さんが2012年の著書で、宣教師から渡された「Bloom where God has planted you(神が植えたところで咲きなさい)」というメモに救われた体験を元にした、自叙伝的なエッセイである。
“置かれたところこそが、今のあなたの居場所なのです”という印象的な言葉とともに紡がれる文章は美しく、多くの悩める人の共感を得ました。新入職員の挨拶や、看護学校の卒業式などで、それぞれの持ち場で頑張ってくださいという意味で使わせていただいてます。それぞれの職場でいろいろとあるとは思いますが、不平不満ばかりを言わずにまず頑張って仕事をしていけば必ず報われますよと伝えています。私はキリスト教徒でもないですが、若い人たちのモチベーションを上げるいい“言の葉”と思っています。いかがでしょうか?
三木恒治(済生会滋賀県病院 院長)