2019年06月号 第51話 医療の不確実性について~市民への啓蒙~
Ⅰ はじめに
一般市民にとって、最近の医学・医療の進歩は目覚ましいものがありどのような疾病でも障害でもかならず治ると思っていませんか?残念なことにそうではないのが現実です。例えば「○○癌パス」が作成されています。ほとんどの患者さんは決められたパス通りに入院日数・検査・投薬・手術も経過します。パス通りにいかない患者さんもおられます。それがいわゆる“医療の不確実性”と言われているものです。
Ⅱ“医療の不確実性”を語る前に
“医療の不確実性”を言う前に大切で基本的なことがあります。それは治療の方法が正しいこと、間違っていないことや、治療技術が未熟でなく十分に卓越していることが基本になります。それがないのに“医療の不確実性“とは言えないのです。
Ⅲ William Osler
105歳でお亡くなりになられた皆様方もご存知の、元聖路加病院院長の日野原重明先生が師と仰ぐ内科学の泰斗ウイリアム・オスラーは約100年前に「医学は科学であり、しかもアートである」・「医学は科学に基づいたアートである」と説明しています。このことは医学が科学だけでは解決できず、アートである個人が多様性で不確実性であると示しました。だから、医学には確率論と統計学が必須になります。
「不確実性と多様性」は表裏一体と言えます。人間が作られる過程が不確実な過程だから、人々は多様であり医療行為の結果も多様で不確実になります、人間が関係する医療界は不確実で多様な世界が共存しています。
Ⅳ EBM
大部分の患者は現在の医療を完全に信じ切っていると思われます。それはEBM(科学的証拠に基づく医療)が一般化されて医師も患者も信じ切っています。しかし信頼できるEBMは意外に少ない状況でせいぜい50~70%程度です。しかも信頼できるEBMがあったとしても「治療効果は100%」ではありません。その間隙を埋めるのがいわゆる医師の裁量という分野が入ってこざるを得ないのです。そこには患者・医師間のIC(インフォームド・コンセント)が十分になされ、両者の良好な関係を作っていくことが常に必要なことです。
Ⅴ ランダム化比較試験
EBMを正しく解釈するために必要なことは「ランダム化比較試験」について理解することです。治療効果を予測する最も信頼性の高い情報です。したがって、ある治療法を受けても治らない患者がおられます。それが“医療の不確実性”があると言えるのです。ランダム化比較試験で治療効果が優れていることが明らかになった治療法であっても「治療効果が100%」というわけではないことを示しています。「治療効果が100%」という結果になることは、どんなに医学が進歩したとしても残念ながらありません。臨床試験の結果が示す数字はあくまでも確率でしかありませんので、患者にとってはその治療を受けてみなければわからないことです。
Ⅵ 統計学
不確実性を前提とした予測が重要です。数学的かつ客観的な統計学に基づいた情報解析ほど正答率が高いと信じられています。しかしそれでも不確実性への対処方法がないことが以前より証明されています。統計学は、この「確率のアート」を出来るだけ「確率の科学」に進化させるための手段であると解釈されています。
Ⅶ ギャンブルではない
医療はギャンブルではありません。“医療の不確実性”という言葉は医療行為が適切に行われたにも拘らず期待した結果が得られなかった場合に始めて用いてもよいのです。医療行為が不適切で、悪い結果になった時は“医療の不確実性”に原因はなく単に「医療行為が不適切」ということになるのです。
Ⅷ 終わりに
医療・医学が目を見張るほどの発展・進歩がありますが、またその上EBMとか確率論とかを駆使しても50~70%程度の信頼しかありません。“医療の不確実性”は常に確実にあります。一般市民は心得ておきましょう。
Ⅸ 参考資料
- 医療の不確実性の啓蒙はなぜ必要か 宮崎大学医学部教授 鬼塚 敏男
- 医療の不確実性についてかんがえる 朝日新聞DEGITAL アビタル・大野 智2017
- 臨床リウマチ、24:3.2012 医療における不確実性と多様性 理化学研修所 鎌谷 直之
- はっと・ほっとステイションしまだ2010・9 Vol60 島田病院院長 河崎 収
- 公益財団法人 痛風財団 第29号 不確実性と多様性にどう対処する(5)2013・1・21
- 医療の不確実性と国民理解の重要性 シンクタンク事業 医師不足により危機的状況の医療現場
- 医療の不確実性について思うこと Otsuka@神奈川総合法律事務所 2014・8・第49号
- 医学・医療の不確実性を正面から見据えた判決 vol/27。2008.9.14 金田 郎
- 医学の不確実性と医療不信 you&I 2006.Oct.Vol8 加藤 奨一
- DOCTOR-ASE no.27.2018.Sept.
草津栗東医師会 理事 大西 淳夫(大西医院)