2018年08月号 第41話 ACP(Advance care planning)における“かかりつけ医”の役割
はじめに
家族が急病で病院に運ばれた時、あるいは長い間の闘病中に、主治医から「これ以上治療しても回復の希望がありません」と伝えられたとき、あなたはどう考え対応しますか?
助かる見込みのない状況になった時を、一般に「終末期」と言います。終末期医療は「死に至るまでの時間が限られていることを考慮に入れる必要性のある状況下における医療」(日医第Ⅸ次生命倫理懇談会)とされています。終末期医療の選択については、本人に意識があれば、もちろん本人の治療・ケアについての意思が尊重されます。意識がない、あっても判断力がない状況では、家族等にその判断を任されるのが通常です。その場合、家族等は大変重荷になり、ストレスを感じることになります。そういった事態を回避するために、本人が健康な時から、本人の医療・ケアに対する意思を家族等に話して、示しておく必要があります。しかしその内容は時間(歳月)の経過とともに、考え・思いが変化することが十分に予想されます。そのために随時、意思表示の内容について話し合うことが必要です。その話し合うプロセスをACP(Advance Care Planning)といいます。
終末期医療に対する国民的同意が必要
人の死は必ず誰にでも訪れます。日本では家族と死の迎え方について話し合うことが多くないのが現実です。なぜなら現在でも、死について話し合うことははばかられる状況があります。すでに諸外国では話し合うことが普及しています。日本でも厚労省、日本医師会、病院協会等は本人と家族、医療・ケア従事者、本人の代弁者等と死の迎え方について常日ごろから話し合うことを推奨・啓発しています。
医師に対して終末期の医療・ケアについて治療方法をガイドライン(治療指針)で示し、本人のACPにできるだけ添えるようにし始めるような取り組みが始まっています。それについて紹介しますと、2008年日医第Ⅹ次生命倫理懇談会に終末期医療の差し控えや中止の要件と考え方が示されました。2018年労働省は「人生の最終段階の医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」で「医療者が一人で判断せず多職種による医療・ケアチームによって終末期医療について判断すること、患者の意思を尊重するとともに家族とも十分に話し合いを重ねて合意をうること、緩和ケアの充実を図ること」がその内容に示されました。
2017年日本臨床救急医学会「人生の最終段階にある傷病者の意思に沿った救急現場での心肺蘇生等の在り方に関する提言」では更に一歩踏み込んだ内容になっています。ACPを行っていて人生の最終段階にある傷病者が心肺蘇生等を希望していない場合には、119通報をしないことが望ましいと考えられます。一方、119通報によって出動した救急隊員が現場で、初めて本人が心肺蘇生を希望していないことが伝えられるという事例も発生しています。この場合には基本的な対応手順を示し、指針として取りまとめています。このように法律ではなくガイドラインで終末期医療について一定のルールを定めているのが我が国の大きな特色です。こういったガイドラインを遵守することで終末期医療を行う医師は法的に問題とならないとする国民的な同意が得られることが早急に望まれます。一方「死の教育」の不十分さがあり、今後尊厳死を考える機会の推奨など教育的支援体制を構築する必要も望まれます。この様な状況になって初めて担当医師が患者本人の尊い意思表示、リビングウイル、事前指示書(advance directive)、高齢者のQOLをもとめるプランニング等が実現されることになります。
ACPとかかりつけ医の役割
何かあった時に救急車を呼ぶのでなくて、まずはかかりつけ医とどうやって連絡をとるか。かかりつけ医に連絡がとれなかった時に、どうするかというシステム作り(大切のことです)をしておけば、本人の意思に沿った医療・ケアができます。高齢者には「私の心づもり」などの作成、すなわちリビングウイル(事前指示書)を含めたACPの啓発を行うことで、残された家族が“あの時ああしとけばよかった”という悔しい思いをしないためにも、高齢者が気楽に相談できる仕組みが必要です。終末期を心安らかに過ごせる上でも、今後、かかりつけ医の役割がより重要になってくるでしょう。
多くの人の終末期は在宅での生活の継続と、そこでの平穏な死を希望しています。地域包括ケアシステムが適切に機能すれば、かかりつけ医が介護職その他の関係者と共に、ACP促進者としての役割を自覚し本人がどのような生活を送りたいかを尋ねることで、その希望に添った利用可能なサービスの情報を提供することができ、在宅での生活や住み慣れた環境の生活を続けることが可能になります。
最後に
これを読まれた方々は、意思決定が出来なくなることを想定して家族、かかりつけ医や重要な知人と共にACPをしておきましょう。きっといざという時にお役に立ちます。
大西淳夫(大西医院)