2021年01月号 第70話 馬が繋いでくれたご縁
大阪で生まれ、兵庫で育った私が栗東で開業してから約4年が経ちました。それまで滋賀には来たこともほぼなかった私を栗東に繋いでくれたご縁―それは競馬です。競馬というと「おじ様達がするギャンブル」というイメージが強いですが、私に競馬の魅力を教えてくれたのはある一頭の馬との出会いです。
その名は「ゴールドシップ」。白い芦毛の馬体にピンク色の鼻面。さらにつぶらな瞳を持ったかわいい見た目。レースではゲートで出遅れて最後方からスタートしても、無尽蔵のスタミナと驚異的なロングスパートで全部の馬を追い抜いていく豪快なレースぶりで、日本の競馬で最高のレースG1にも勝利し、多くの競馬ファンを魅了しました。しかし可愛らしい顔立ちからは想像できないくらい気性が荒く、馬なのに猛獣のように吠えるし、人を威嚇したり、世話をしてくれるスタッフを病院送りにしたり、気が向かなければ調教に行かなかったりと、数々の暴れん坊伝説もありました。レースでの圧倒的な強さと際立ったキャラクターに私はすっかり魅了されました。そんなゴールドシップに会いたいーーー
知人の馬主さんを通じてその願いが叶い、約5年前初めて栗東トレーニングセンターに連れて行ってもらいました。ここで栗東トレーニング・センター(栗東トレセン)について説明をしますと、トレセンは、約150万平方メートル(甲子園球場約40個分)の広大な敷地の中に、6つのトラック型調教コース、全長約1キロメートルの坂路調教コース、競走馬スイミングプールといったさまざまな調教施設を有しています。また、2,000頭を超える競走馬が生活するための厩舎、競走馬診療所などの施設を備え、騎手、調教師、調教助手、厩務員など、約1,400名の厩舎スタッフが働いています。
まだ日も登らず薄明りの早朝に初めて厳重な警備の門をくぐりぬけると、そこはまさに馬の惑星のようでした。何十頭もの馬が悠然と歩いており、馬が優先の道路の中を人間の車が通らせてもらうーそんな不思議な空間でした。そしてトレーニング前の角馬場で待ちに待ったゴールドシップの登場です。ジョッキーを背中に乗せたゴールドシップはフェラーリのマークのように立ち上がり、手綱を引いている厩務員さんが一瞬宙に浮いてました。間近で見ると少し怖く、そして神々しさまで感じる馬でした。通算成績28戦13勝、G1(競馬で最高のレース)・6勝を含む、重賞11勝という輝かしい戦績を残してゴールドシップは引退しました。
すっかり馬とトレセンの虜になった私はその後も何度か見学に行きました。そして4年前、ある調教師の先生とのご縁でトレセンのすぐそばに開業することができました。今年はコロナ禍で暗い話題ばかりですが、数々の感動とドラマを見せてくれる馬達とその馬に携わる人々と近くにいる幸せに感謝しながら日々診療しております。
増田 江利子(栗東えりこ内科クリニック)