2020年08月号 第65話 能面を通じて
能面製作を始めて、20年以上になります。
能面を製作する事を、能面を打つと言います。
その間、打った面は200を超えます。能面の種類は約70位(細かく分ければ200以上)と言われていますので、主だった面はほぼ打っている事になります。材料となるのは木曽檜で、次第に彫り進めて、彩色し毛描(けがき)へと面を仕上げるまでに一カ月程かかります。打ち上がって来るにつれて、その面のもつ品格とか内面的なものが徐々に伝わってきます。でき上がった能面と視線が合うとドキッとする事もあります。最近では人との付き合いの中でも、能面を通じての目線で人を見てしまいます。この人にはこの面が似合うとか、この人のイメージはこの面だとか、ついつい考えてしまいます。
医師会の宴会の席などで、アルコールが入って話がはずむと、ついつい能面を差し上げる約束をしてしまいます。先日は前々会長の宇都宮先生に「痩男(やせおとこ)」を進呈致しました。この面は死期が差し迫っていて、死を悟りきった哲学的な表情をしています。宗教家の一面をもつ先生にはピッタリだと思いました。
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又、現会長の中嶋先生には、高貴で品格を揃えたハンサムな若者の面「敦盛(あつもり)」を差し上げました。これもイメージがピッタリだと思います。(すこしおだてすぎました)
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草津総合病院の鈴木先生は最初にお会いした時の印象では、学者肌で近寄り難く感じましたが、同い年というのもあって話始めると妙に気があいました。特に能に関しては造詣が深く、豊富な知識をもっておられ、色々と教えて頂いています。いつも会合等でお会いした時にはお話しするのを楽しみにしています。先生には、天王寺にまつわる盲目の少年面「弱法師(よろぼし)」と、女性の怨念、嫉妬、悲哀を集約したような面「赤般若(あかはんにゃ)」を差し上げました。
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忘れる事ができないのは、前県医師会長の猪飼先生に差し上げた「邯鄲男(かんたんおとこ)」です。
私の作品展に来て頂いた時に「これが先生に進呈予定の邯鄲男です。」と紹介すると、先生は持ち前のユーモアを込めて「僕は正味、簡単な男なので、邯鄲男はピッタリや。」と非常に喜んで下さったのが、ついこの間の事の様に思い出されます。スキー場で不慮の死を遂げられたのはその翌年の事でした。忘れられない思い出になってしまいました。
能面を通じて、多くの先生と親しくさせて頂いています。
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任 書煌(任医院)