2020年11月号 第68話 全てのこどもが大人になれますように
研修医の頃、今から25年ほど前になるが、今ほど個人情報について厳しくなくまた小児外科医として駆け出したばかりで担当患児にはりついていたこともあり親御さんたちとも仲良くなり、退院されるときは成長されたお子さんの写真を送るとのことで住所交換をし年賀状のやり取りを現在も続けている家族が今も5,6組ある。入園した、入学した、卒業した、就職したとお子さんの人生の節々を年賀状で知り、あの時の手術した子たちが成長していく喜びをかみしめるのも小児外科医ならではと感慨深いものである。
昨年の今頃であるが、その年賀状のやり取りをしている丹後半島の街にお住いの母から突然クリニックに連絡があった。娘さんは研修医の時に担当した胆道閉鎖症の患者さんで、私が知っている限りでは、肝門部空腸吻合術(葛西手術)を施行後、ほとんど胆管炎も生じず、肝移植を行わず自己肝で肝機能悪化なく成長してくれた女児であった。母とは年賀状の挨拶を毎年しており、当初京都府中丹の街に住んでおられたが、途中で苗字が変わり、singleになられ丹後に移られていた。開業したことはなぜか報告していなかったが、今回、ネットで調べて私が草津で開業していることを知り、連絡してこられた。
23歳の娘さんが結婚され、中国地方に住んでおられるが、妊娠したとのこと。おめでたい話であるが、母は妊娠に伴う肝機能の悪化や門脈亢進症による消化管出血や胆管炎の発症などを心配され、どうすればいいだろうとの相談であった。退院後しばらくは大学病院に通院していたが、15年くらいはもう遠ざかっていること、スタッフも入れ替わっており、誰にどう相談すればいいかわからず、中丹にいたころ通院していた病院も数回程度しか行っていない、それだけ調子よかったのであろうが、それゆえあまり面識のない先生にいきなりこんなこと相談していいのかも判断できずこちらに頼ってこられた。25年前の当時、葛西手術後にも逆行性胆管炎を繰り返し、幼少時から入退院を繰り返すためしんどい思いが残って自分の体のことは慎重になっていくのだろうが、この娘さんは胆管炎も1,2度しか経験なく順調すぎて胆道閉鎖症に対する認識が甘くなり、母の心配とのギャップがひどくなって母が困られたようであった。現在の娘さんの状況が全く分からないが、少なくとも通院している産婦人科では何かあった時には対応できないので、小児外科のある総合病院でバックアップ体制をとってもらいながら出産に臨むのがいいだろうと考えた。中丹の病院の小児外科には最終3年前の受診があるとのことであった。こちらから病院の担当先生に連絡を取ったところ、幸い病院に通院されていた時のデータが全てあるとのことで、また中国地方の小児外科と産婦人科のある総合病院にも快く紹介していただけるとのことであった。なんとか母と担当医との橋渡しができた。幸い、私と母との話を母から聞いて娘さん本人も意識改革をしてより安全に出産ができるよう産婦人科の先生にも説明し転院してくれた。
本年3月下旬、夕方5時ごろに母より無事出産の連絡があった。また中丹の病院の先生からも本日14時42分に出産され、40週3日 3060g AP9/10男児、母子ともに元気そう。 出産前の血液検査では、肝機能に異常は認めず、今後はしばらく定期的に血液検査をする予定にしているとご丁寧にメールで報告をいただいた。
小児外科術後成人期へのキャリーオーバーについて学会でもしばしば取り上げられる演題ではあるが、いまだに明確な連携システムの構築はなされていないと思われる。進学、就職、結婚を契機に地元を離れlost followとなってしまうケースも多い。妊娠・出産に関しても、本来であれば、手術をした病院が軸となって、現在住んでいる地域にある病院の小児外科や産婦人科と連携し情報共有できれば、患者さん本人も親御さんも安心して妊娠や出産に臨めると思うが、実際には容易にできることではないこともわかっている。
開業医として特に何か特別のことをしたわけでもないが、今回のように困ったことがあり誰に相談していいかわからないときに私の存在を思いだし、連絡をしていただいたのは医者冥利に尽きるとありがたかった。また私からの発信で神対応いただいた中丹の病院の先生とお産に関して引き受けていただいた病院の先生方には感謝しかない。
表題はある小児外科医のドラマで主人公の小児外科医が七夕の短冊に書いたメッセージである。横隔膜ヘルニアや小児腫瘍、多発外傷など生きるか死ぬかの現場に立つことはもうないが、このメッセージを忘れることなく滋賀の子供たちだけでなく、成人も含め患者さんが困ったときには何らかの道しるべをつけてあげられる役割を担い続けていけるようにありたいと思う。
佐々木康成(ささきクリニック)