2018年07月号 第40話 超高齢社会

守山市から草津市に職場を移し、はや2年3ヶ月が経ちました。守山野洲医師会に所属していた頃は、草津栗東医師会の先生方とは直接お話をする機会はありませんでしたが、県医師会の研修の場で共に学べることを楽しみにしていました。当時、囲碁同好会によくお誘いいただき、厳しいご指導を賜ったことを思い出します。今もその時の棋譜が手元にありますが、先生方が繰り出される大技の数々、気合いの凄まじさにはただただ驚くばかりでした。手談とはよく言ったもので、年を重ねても囲碁は楽しめるものですね。古の人は、「七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」と申されました。囲碁は私たち「高齢者」に欲と矩との良きバランスを教えてくれます。高段者の棋譜に接する度に、囲碁は私たち高齢者を更に成長させてくれるツールである、との感を強くしています。

ところで、「高齢者」といえば私たちの国が「超高齢社会」となって何年が経つのでしょうか。少なくとも敗戦からの20数年間(高齢化については予測されていましたが)、私たちは「少子高齢化」を現実の課題とは考えてきませんでした。少子化についてはその対策も相当以前から議論されてきたようですが、未だその効果は現れていないようです。では、高齢化はどうでしょうか。高齢化率は更にスピードアップして2040年には40数%になると推計されています。高齢化に伴い免疫臓器の機能も衰え、かつ戦後間もなくからの食生活改善(?)等の影響もあって、昭和56年からはがんは死亡原因の第一位となりました。今後もその座を明け渡すことはないとのことです。因みに、現在年間死亡者の約3分の1、30数万人はがんによる死亡ですが、その85%は高齢者で占められています。

がんは慢性病と位置づけられるようになって久しいのですが、医療や支持療法の進歩により、また医療経済的観点より、がん医療は入院から在宅へとその主戦場は変わりつつあります。今、周りを見渡すと、在宅でがん治療や支援を受けておられる患者さんが増えていることに気づきます。また、「人生100歳時代」のキャッチフレーズが巷に溢れる中、「がん難民」ならぬ「死亡難民」なる警語も薄墨のように目の前に横たわっています。

がん医療や高齢者介護に関して様々な施策が目白押しですが、残念ながら中央の視点で企画・立案するきらいがあります。診療報酬の定期的改定という当局の水路付けに右往左往することなく、私たち医師会が主体となって地域・在宅の医療と介護を守り、推進させる時が来たのかも知れません。

私のそう長くはないがん臨床の経験から、高齢がん患者さんの治療・ケアに関する2,3の話題を拾ってみたいと思います。
20数年前、国立がん研究センターのリンパ腫グループに属し、悪性リンパ腫治療プロトコールの作成にあたったことがありました。我が国ではもちろんのこと、欧米においてもほとんどのプロトコールは65歳未満の患者さんを対象とするものでした。また適応基準も厳しく、担がんではあるものの重要臓器の障害のない患者さん向けの研究でした。そう、チャンピオンデータを追い求めていたのです。この時、「高齢者悪性リンパ腫プロトコール」の作成こそ将来に向けて必要と提言しましたが、今が大事、とのことで先送りにされました。(昨年、グループ内で高齢者向けプロトコール作成が始まったとのことです)

2つ目ですが、成人病センターを退任する前の2年間、県の健康医療課がん対策室と協働して県内のがん医療の均てん化を推進する任務に就いていました。各医療機関は”がん”という生物体(有機体)を退治する高度医療の推進に邁進されており、患者さんそれぞれのお気持ちをくみ取る緩和医療、心の在り方への支援は遅れがちでした。診療報酬(病院経営)の多寡を主眼に置いた様々なご意見をいただく中で(敢えて言えば叩かれ続けた中で)、私は「(特に高齢者にあっては)こころとからだの両立支援があってこそ望ましいがん診療が提供できる」との信念を固くしたものでした。

がん対策基本法が施行され、具体的施策としてがん対策基本計画が発表されています。今年は原法が改正され、基本計画も第3期が発効されました。盛りだくさんの内容ですが、全体目標の3には、在宅での高齢者医療・介護についての方向性が示されています(表1)。その行間を読み解くと、我が国の医療政策の最高位である「地域包括ケアシステムの構築」や、今回の診療報酬改定で改めて国の強い意気込みが感じられる「医療と介護の連携の促進」が謳われています。それらの基軸となる考え方は、ただがんを撲滅するだけではなく、患者さんの精神的営為までも見据えた医療を推進すべき、というところでしょうか。時の流れに沿った改編と評価して良いのでしょう。

在宅での高齢者医療・介護についての方向性が示されています(表1)

なお、表2に在宅がん患者の支援を視野に入れた施策を時系列で並べてみました。

表2に在宅がん患者の支援を視野に入れた施策

私たちの日々の診療における環境の変化の根拠となる施策の流れが一目瞭然ですね。
侃々諤々とお話を進めて参りましたが、最期に日本医学会総会の話題をひとつ。次期総会は2019年4月に名古屋で開催される予定です。HPで概要を閲覧していると、以下の次第が眼に飛び込んできました。

テーマ:21世紀のがんへの対峙

  • セッション1 がん免疫療法の課題と将来への期待
  • セッション2 稀少がんの克服へ向けて
  • セッション3 65歳以上が3000万人を超える超高齢社会でがん患者にどのように対応すべきか?
    (下線筆者)

セッション1と2はがんという有機体に対する高度先進医療(evidence-based medicine)を提供する視点であり、セッション3は担がん患者さんの心の支援を専らとした緩和医療(experience-based medicine)・よろず相談支援(narrative-based support)の視点でしょうか。多くの目が高齢のがん患者さんに向けられる日もそう遠くはないようです。

ここ草津総合病院からは比叡山、琵琶湖、矢橋八幡宮の森が一望されます。緑濃い琵琶湖畔の風景は、古代より連綿として続いているのでしょう。かかる悠久を前にして、私たち人間の営みは何と愛らしいものでしょうか。私も高齢者として、残された一日一日を大切に生きて行きたいと思うばかりです。

鈴木孝世(社会医療法人誠光会 草津総合病院)